Journal / Webサイト構築やシステム開発をご検討中の方へ
ホームページ制作の依頼先、どう選べばいいか。正直にお話しします
「ホームページを作りたいけれど、どこに頼めばいいのか分からない」。相談をいただくとき、最初によく聞くのがこの一言です。
無理もないと思います。料金もやり方も会社によってまるで違うのに、出来上がるまで中身が見えにくい。しかも多くの人にとって、ホームページを発注するのは何年かに一度のことです。比べる経験そのものが積み上がらないのだから、判断材料がなくて当然なのです。
私は 2004 年からこの仕事を続けてきました。作る側にいると、外からは見えにくい構造のようなものが見えてきます。今日はその「構造」を、できるだけ正直に書いてみます。うちに頼んでください、という話ではありません。発注する側が損をしないために、どこを見ればいいのか。私が逆の立場だったら何を気にするか、という話です。
値段の差は、たいてい「見えない部分」の差
最初に身も蓋もないことを言うと、ホームページの価格差の多くは、デザインの綺麗さよりも見えない部分の作り込みから生まれます。
表に出るのはトップページの見栄えですが、コストがかかっているのはむしろ裏側です。後から自分で更新できる仕組みになっているか。表示が速いか。スマートフォンで崩れないか。乗っ取りや改ざんに耐えられるか。そして数年後、別の人が引き継げる構造になっているか。
このあたりは、公開直後には差が出ません。半年、一年と運用してはじめて効いてきます。だから「安く速く」だけで選ぶと、見えないコストが後ろにずれて積み上がる。安物買いの何とやら、というより、支払うタイミングが先送りされているだけだと考えたほうが実態に近い気がします。
「誰が作るか」より「誰が、いつまで見るか」
依頼先は大きく三つに分かれます。分業体制でデザインに強い制作会社、費用を抑えやすいフリーランス、そして私のような制作から運用まで通して見る小さな会社。
どれが正解ということはありません。ただ、選ぶときの軸を「誰が作るか」に置きすぎると、判断を誤りやすいと感じています。作る技術は、正直なところ平準化が進んでいます。差がつくのはむしろ、作った後の長い時間を、誰が、いつまで見続けるのかのほうです。
私のところに届く相談で意外に多いのが、「制作会社と連絡が取れなくなった」「作ってくれた人がもういない」というものです。サイトそのものは動いている。けれど、手を入れられる人がいない。これは技術の問題ではなく、関係が途切れた問題です。
だから発注前に、私ならこう尋ねます。公開した後の更新や保守は、どういう体制で、いくらで見てもらえるのか。何かあったとき、どのくらいの早さで連絡がつくのか。そしていつか別の会社に引き継ぐとき、データと構成を渡してもらえるのか。最後の質問を嫌がる相手は、少し警戒したほうがいいかもしれません。健全な作り手なら、引き継げて当たり前だからです。
見積もりは、金額より「説明の解像度」を見る
見積もりを受け取ったら、金額の大小より先に、内訳がどれだけの解像度で説明されるかを見ています。
「ホームページ一式 ◯◯万円」とだけ書かれた紙からは、何も読み取れません。デザインに、ページ制作に、サーバーやドメインに、保守に、それぞれいくら。尋ねたときに言葉で説明が返ってくるか。ここに、その相手が自分の仕事をどれだけ把握しているかが、かなり正直に表れます。
自分の見積もりを分解して語れない人は、たいてい自分の仕事も分解できていません。逆に、聞けば澱みなく内訳が出てくる相手は、頼んだ後も話が早い。金額は交渉できますが、この「説明の解像度」は後から変わらないので、私はここを重く見ます。
結局のところ、相性は技術と同じくらい効く
最後に、数字に乗らない話を一つ。「話していて、こちらの意図が伝わるか」は、技術や料金と同じくらい——長い目で見ればそれ以上に——効いてきます。
ホームページ作りは一度の取引では終わりません。何度も相談を重ねながら形にしていく、共同作業に近いものです。質問しづらい、専門用語で煙に巻かれる気がする。その小さな違和感は、たいてい後から大きくなります。逆に、多少つたなくても「この人にはちゃんと聞ける」と思える相手は、二年三年と経つほど価値が出ます。
私自身が事業をやっていて思うのは、長く続く取引はだいたい、最初に「この人とは話が通じる」と感じたところから始まっているということです。技術は調べれば追いつけますが、話が通じる感覚はごまかせません。
ここまで偉そうに書きましたが、これは私が逆の立場だったら気にするだろう、という話の整理に過ぎません。正解は、サイトの性質や、その人がどこに不安を感じているかで変わります。
もし自分のケースに引きつけて考えてみたい、という方がいれば、お問い合わせからどうぞ。話を聞いたうえで、「それなら別の選択肢のほうが合いそうです」とお伝えすることもあります。それでも、判断の材料が一つ増えるなら、書いた甲斐があったと思います。